時給900円で働く30代

限りなく事実寄りのオートフィクションで、登場人物の名前は全て仮名です。

第二十二回 信用の履歴

このブログは主に昼休みに書かれています。朝は忙しなく、十五分の休憩中は落ち着いて書けず、仕事終わりも買い物をし、夕餉を作り、喰らい、湯を浴びればすぐに就寝の時です。以前は夕餉の時間にも書くことはあったのですが、最近はその時間、アメリカのド…

第二十一回 小杉の出京

六月に入って風邪を引き、朦朧としながら働いておりました。更新も滞り、したとしても、最近はどうも起こった出来事を単に時系列で書き並べるばかりです。 年の明けに故郷に幾日か戻り、小杉と会ったことは以前第七回に書きましたが、その時に次は東京で会お…

第二十回 鰐の舌

地獄の苦しみに苛まされる日々が歯科治療初日より数日続きました。治療後、抗生物質と痛み止めを処方され、それぞれ食後に服用するようにと言われたので早速帰宅後昼餉を軽く喰らい、薬を飲み、午後からの仕事に出勤致しました。その頃から舌に痛みを覚えま…

第十九回 死に至る病

ツツイさんが辞して程なく、雛祭りの朝、目覚めて何か奥歯に違和感がありました。長く噛み締め続けたかのような気怠さというか、歯というよりは歯茎に不快感のようなものがあったのです。寝ている間に噛み締めていたのだろうかなどと思いながら仕事に行き、…

第十八回 老兵はただ

二月の終わりか三月の始めでしょうか。とある休日明け、仕事に行くと本来出勤日であるはずのツツイさんが見当たらないのです。しかし、それは珍しいことではないので気にせず仕事を進めていると、ヨシノリさんがやって来て、ツツイさんが首になったとのたま…

第十七回 復活

あろうことか二月十四日聖ヴァレンタインデイを最後に三ヶ月程も放置してしまった。 決してただ不精にしていたわけではなく、色々と身辺に面倒臭い事柄が起こったのである。 まず一番はツツイさんがいなくなったことであろう。首と聞いているが詳細は存じな…

第十六回 刺抜き地蔵

聖ヴァレンタインデイは私にはあまり関わりのない日でありました。私は中高一貫の男子校に通っており、この六年間は意外な女性からのチョコレートなぞあるはずもなく、気になる人から貰えるだろうか、気になる人からでなくとも一つくらいは貰えるだろうか等…

第十五回 三年寝太郎

如月のある日、週に一度の休みに私は同居人とアイススケートをやりに都を出でて神奈川の方に向かいました。我々は昨年も、その時は都内ですが二度ほどアイススケートを興じに出かけたものです。出京したのは三年前の初冬ですが、その頃は日々食うにも困るほ…

第十四回 僕には想像力が足りない

私は死ぬまで働かずに生きたいと考えておりました。大学などではそう嘯き、事実就職活動を全くしないまま卒業してしまいました。美味しい物が食べられなくなったからと自殺をした古代ローマの貴族ほどの矜持はないので、私は今、死なずに働いております。た…

第十三回 七十二億の妄想

私はこの仕事の初日から気が狂いそうになり、そのことはもう何度も書きましたが、特に初期は仕事の切り回しが体に馴染んでおらず、この箱は何処に置くのであったか、次に何をすべきか、まるで不明瞭で、薄暗く足下も見えない中を手探りで進むのにも似た状態…

第十二回 安物買いの

出京してすぐ私は自転車を購入しました。 当時私は失業保険を三ヶ月に渡り満額受け取り、上京資金として雀の涙程を残して使い切り、その涙で荷物を東京に送り、汽車に揺られ、アパートメントに着いた頃には口座も財布もすっかり軽く、しかしながら自転車は通…

第十一回 柿食へば金が失くなり

節分も過ぎ、私はただ春を待ちます。申し訳程度にひとつまみの豆をアパートメントの窓から鬼は外と撒き、数粒の豆を散らかったアパートメントの部屋の中に散らばらないようそろそろと、撒くというよりは一箇所に福は内とこぼし、年の数と言えば三十余りの豆…

第十回 夏に謝る

二月に入りました。前回に書いたように二月に入ろうと何も変わりません。ただ箱を運ぶのみです。昨年の二月とも一昨年の二月とも変わりません。昇給も昇進もありません。ただ、今年、平成廿七年の冬は寒さがあまり厳しくなく、仕事も昨年、一昨年に比べ、仕…

第九回 区切り

出京して以来三度目の一月が終わろうとしています。古里から東京に戻り、束の間ほんの数日の休暇の残りを惰ら惰らと過ごし、然し乍ら内心は、迫り来る仕事の日々に暗澹冥濛なのです。そして容赦無く平等に時は流れて仕事の日がやってきました。私が惰ら惰ら…

第八回 酒と男と

東京に帰る前日、私は主に自室で安閑と過ごし、その内に夜になりました。そして仕事の終わった小杉からメッセージが届き、私は家を出ました。酷く冷える夜でした。小杉と共に身体を震わせながら繁華街に向かいました。住宅地を抜けながら、時折大通りを跨ぐ…

第七回 非日常という日常

貴族の私は満腹のまま床に就き、目覚め、軽く朝餉を喰らい、自室に戻り、友人からの連絡を待っていました。友人こと小杉(仮)は古くからの付き合いで、出会いは小学生の時になります。爾来中学、高校、浪人、大学まで同じという稀有な知人で、卒業後も緩々…

第六回 僕ぁ貴族だからね と私は嘘を吐くのであった

後輩の住む田舎町の駅に着き、我が街に向かう電車を待つ。見ると三十分以上待つということだった。長らく東京の電車を使っていた私には幾らかのカルチャーショックであった。兎も角寒さに震えながら待ち、漸く来た電車に乗り込み、転寝しながら一時間揺られ…

第五回 君はまた美しくなって

古里は以前の我が住処に非ずと前回書きましたが、今回の帰省は中々楽しみが多かったのです。 生家に着いた次の日は生憎の雨でしたが、少し鈍行列車に揺られ、我が地元よりも更に田舎の小都市に向かい、懐かしい人に会いました。 彼女は私の大学時代の後輩で…

第四回 古里は遠くに

私は夏以来半年振りに暫く帰郷していました。私の休日である水曜日から、次の水曜日までの計、実に八日間のお暇を戴き、そのうちの初め四日間を里帰りに使い、五日目に東京に戻って参りました。我々の仕事場では、休みは以前書いた通り、年間通して祝日関係…

第三回 烏と夜景の持ち回り

倉庫には烏がいる。烏はよく高い梁の所に佇んで、我々が働く様を見下ろしている。漆黒の羽に覆われ佇立する姿は高邁な思索に耽る知者の様であり、桎梏に囚われ肉体を酷使する我々を憐れんでいる様にも見える。人間の知の結晶として、人間達が汗水垂らして作…

第二回 嗤フ怪人

越南人のフェイフォンは岩乗にして倉庫内随一の怪人である。随一と言っても倉庫内には他に怪人と呼べる人間はいないのだが、それはどうでもいい。まず彼は休まない。主観ではあるが、彼は年に三十日も休みがないのではなかろうかと見える。勤務表上は私と同…

第一回 そして最終回との交差地点

新しい生活の始まりには期待と不安が入り混じるものです。私は躁鬱ですが、鬱でない時は比較的物事を楽観視する質で、東京に来た時も明るい未来を思い描いていました。実際のところ丸二年が経った今も明るい未来を信じております。というよりも縋っていると…

零 時給900円で働く30代の日常

以前に、基本的には朝八時から夜八時まで働くと書きました。もう少し詳しく書きます。私の仕事は、倉庫内で、次々とトラックから降ろされるプラスティック製の箱を整理することです。箱とは、スーパーマーケットなどに搬入する食料品等を収める物です。私の…

負の一 余は如何にして時給九百円で働く三十代になりし乎

私は、とある地方都市に生まれ、育ち、一浪した後に同じ県内の少し離れた大学に通い、卒業し、日本を離れ、一年と少し国外を放浪したり定住したり仕事をしたりした後帰国し、一年ほど夜の仕事をしていたのですがその店が潰れ、爾来数年に渡り、携帯電話、ネ…

負の二 前口上

私、佐藤裕也(仮)はタイトル通り時給九百円で働く三十代の男性です。 都内の片隅で、基本的には朝八時から夜八時まで、週に六日、薄暗い倉庫の中で何の技術も身に付けられず、何ら人生に役立つ経験も積むことのできない肉体労働に明け暮れているのです。 …