時給900円で働く30代

限りなく事実寄りのオートフィクションで、登場人物の名前は全て仮名です。

第七回 非日常という日常

貴族の私は満腹のまま床に就き、目覚め、軽く朝餉を喰らい、自室に戻り、友人からの連絡を待っていました。
友人こと小杉(仮)は古くからの付き合いで、出会いは小学生の時になります。
爾来中学、高校、浪人、大学まで同じという稀有な知人で、卒業後も緩々と通じ、私が帰省した折には会うのが定例となっているのです。
夏には、私が東京に出る以前より、毎年彼と海に行くことが恒例となっており、昨年の夏の帰省時にも、ほんの数日の滞在中に二度小杉と海水浴に行ったものですが、今は冬であり、海水浴に行くことが叶わないというのは論なきことで、只々食事でもしようかということになっていたのです。

そのうちに連絡を受け、首尾よく彼の車に乗り込み、食事処を探しました。

地元に帰った時のシームレスな記憶の繋がりと同様、彼との再会も懐かしさは伴わないのです。

煙草が吸える所というのが我々の希望でした。そしてそれが昨今中々に難儀なのです。
ぐるぐると車で徘徊し、徘徊し、徘徊し、漸くとある焼肉店に決定し入店したのですが、何と昼時は全席禁煙という焼肉店にあるまじき愚挙を執っており、二人相談し、取下げようかと考えましたが、既に長時間散策していたため、夕刻からの小杉の仕事の都合上これ以上時間を浪費するのも宜しくないという結論に達し、食事後直ぐに喫茶店に向かうということで折り合いをつけました。

小杉の仕事は変則的で、火曜と金曜の昼間が空いており、私が地元に居り、仕事をしていないとき、或いは営業の仕事をしていたときも、その時間は毎週のようにカッフェで愚駄愚駄と愚にもつかないことを語らっていたのです。

肉を焼き、喰らい、語らい、喰らい、舌鼓を打ち、さて一服といきたいところを堪えて、喰らった肉の分だけ支弁し、退店してカッフェに向かいました。

小杉は最近食事の後に煙草を吸うという行為が中々叶わないとぼやいておりました。小杉は外食が多いのですが、斯様に喫煙の儘ならない店が多かったり、吸わない輩との食事であったりと、どうも機会を逃してばかりだと言うのです。
そういえば前日の雑貨屋の女性も、私の喫煙に対して何とも不快感なぞは表さないものの、私だけが吸うという状態は幾らか面白味が足りないのです。
そのことを小杉に言うと彼はそうだろうそうだろうと首肯いておりました。

そして喫煙可能のカッフェに赴き、二人紫煙を燻らせ人心地ついたのです。
そうして再度、愚にもつかない話を愚駄愚駄と話し、時間の首根っこを締め上げ続け、煙を吸っては吐き出し、珈琲を啜りました。
実際のところ私は珈琲が苦手なのです。それなので此処では生クリームの仰山乗った珈琲を騙し騙し啜りました。

我々は酒場について語りました。
我々は二十年来の付き合いですが、我々二人で酒の席を設けたことはほぼ無いのです。酒の席に我々二人が交じることは幾度かありましたが、それすらも数える程です。
そんな我々としては珍しく次の日の夜に少し夜の街を彷徨ってみようかという段になりました。

そのうちに彼の仕事の時間も近づき、珈琲の代価を支弁し、彼に家まで送ってもらい、帰宅しました。
その夜は整体に行き、凝り固まった身体をほんの少しだけほぐされ、熱い湯に浸かり、寝ました。

まるでなんともない一日でした。
二年より前にはこれが日常だったのです。

今の私には眩いだけなのです。