時給900円で働く30代

限りなく事実寄りのオートフィクションで、登場人物の名前は全て仮名です。

負の二 前口上

私、佐藤裕也(仮)はタイトル通り時給九百円で働く三十代の男性です。
都内の片隅で、基本的には朝八時から夜八時まで、週に六日、薄暗い倉庫の中で何の技術も身に付けられず、何ら人生に役立つ経験も積むことのできない肉体労働に明け暮れているのです。
平成廿四年十二月の朔日からこの仕事を始め、丸二年が経ちました。そして三年目が始まり年が明け遂に平成も廿七年目です。
三十代の二年を費して、前述の通り何のスキルも語るべき経験も得ることなく毎日毎日同じ作業を繰り返し、週に一度の休みには疲れ切り、ただただ無為に時間を浪費してきたのです。

そして、書こうと思い立ちました。

三十代にもなって時給九百円で肉体労働をする人間に何を書くことがあるのでしょうか。毎日毎日同じ道を行き、何の変化もない仕事をし、同じ道を帰り、同じ店で同じものを買い同じものを食べているのです。そのような人間の話を聞き、憐憫の情を抱く人もいるでしょう。
嘲笑する人もいるでしょう。
下には下がいると安堵する人もいるかと思います。
もしも誰か苦境にある人、踏み出せない人がこれを読み、少しでも前に進もうと思ってくれたならそれほど嬉しいことはないのですが、恐らくそんなことは起こらないと思いますし、だから何のために書くのかは私自身にもよくわかりませんが、とにかく書いてみようと思い立ったのです。

このような人間の生活、周辺、思考、行動がどのような具合なのか、そんな誰の人生にとっても何一つ役立たない情報をこれから少しずつ書いていこうと思います。
そうして、無為で無意味な私の現在の生活に、更なる無為で無意味な行為を付け加え、無為の波に押し潰されるのです。