時給900円で働く30代

限りなく事実寄りのオートフィクションで、登場人物の名前は全て仮名です。

第十八回 老兵はただ

二月の終わりか三月の始めでしょうか。とある休日明け、仕事に行くと本来出勤日であるはずのツツイさんが見当たらないのです。しかし、それは珍しいことではないので気にせず仕事を進めていると、ヨシノリさんがやって来て、ツツイさんが首になったとのたまったのです。そして、続けて、まぁよかったよと呟いていたので、やはり皆ツツイさんのことを疎ましく思っていたのだと思い、愉快でした。何より私はツツイさんを心底嫌い抜いていたので、その報告を聞いて嬉しくなり、ヨシノリさんに、それであるから暫く休みはないと言われてもまるで嫌な気はせず、 この仕事を始めて以来初めて清々しい心持ちで業務に取り組めたのです。

数日が経ち、私は、今まで仕事で感じていたストレスの七割八割はツツイさんが原因なのではなかったのかと思える程軽やかな気持ちで箱を運び、何より驚嘆したことは、私がツツイさんに次いで、或いは劣らず嫌っていたミンに対してとても寛大になり、以前は挨拶されただけで死をも望んでいた程であるのに、ツツイさんが去った後より斯様な怨念は雲散し、ある時など、ミンに役所から送付された手紙について尋ねられ、それまでならば一言二言で簡潔に答えて、それだけのコミュニケーションでも心の中で呪詛の言葉を吐き続けていたものですが、その時は態々スマートフォンで検索までして詳しく解説し、呪詛の言葉も吐かなかったのです。

しかし私はその様な態度をとりながらも、当時からきっといつかミンに対して優しくしたことなどを後悔するであろうなと先見しておりましたが、それは見事に的中し、皐月半ばの今現在、私は日々日々ミンに呪詛の言葉を心中にて吐き続け、呪い、怨み、憎悪し、ストレスを溜め続けているのです。

優しくしたことを一時は後悔しましたが、今となっては恨み辛みが大き過ぎて、あの程度の微量の優しさなぞ誤差の範囲なのです。