時給900円で働く30代

限りなく事実寄りのオートフィクションで、登場人物の名前は全て仮名です。

第十回 夏に謝る

二月に入りました。
前回に書いたように二月に入ろうと何も変わりません。ただ箱を運ぶのみです。
昨年の二月とも一昨年の二月とも変わりません。昇給も昇進もありません。
ただ、今年、平成廿七年の冬は寒さがあまり厳しくなく、仕事も昨年、一昨年に比べ、仕事がやり易いのです。
雪も今年はあまり降りません。私のいる地域では元日に風花のように雪が舞ったのみです。
前の二年は寒さがかなり厳しく、この時期は仕事中常に震えており、雪の日などは運ばれてくる箱に雪が乗っていて、倉庫の床が水浸しになり、軍手も濡れ、手は氷水に曝され、床の氷水は襤褸い穴だらけの安全靴の中に染み入り、靴下は濡れ、足は氷水に曝され、仕事を呪い、トラックを呪い、仕事仲間を呪い、世界を呪いながら箱をあるべき場所に運び続け、仕事が終われば合羽を羽織り、氷水をたっぷりと吸い込んだ靴下を長靴の中に押し込み、吹雪に曝されながら、酷いところでは膝辺りまで積もった雪の中を自転車で必死に帰ったのです。
一体に私は冬が大嫌いで、一年中夏でも構わない程なのです。
夏は、一年中夏でも一向に構わない程に好きで、焼け付くような、茹だるような、湿度の高い夏を愛しているのです。
以前に何ヶ国かで湿度の低い夏を体験しましたが、慥かに過ごし易くはありましたが、やはり私は湿度の高い、じめじめとした息苦しい日本の夏が好きなのです。
私は夏を愛し過ぎているが故にいざ夏が来れば、嬉しさと共に狂おしい程の焦燥感に駆られ、ほんの数ヶ月の愛おしい夏に翻弄されるのです。
春は暖かく、そしてその後には夏が来るという季節なので、恐らくは一番私の精神が安定する時期なのだと思います。
そして私は桜がとても好きで、無職時代も営業時代もとにかく毎日のように桜を求めて東奔西走し、飽きもせず眺めていたものです。
もう暫くすれば梅も咲き、そして桜も咲きましょう。
私には桜を愛でる余裕はこの仕事をしている限りあまりありませんが、それでも桜に思いを馳せながら日々を乗り切っているのです。

夏は常に求めていますが、この境遇にある限り実際に夏がやって来ることに恐怖すら感じてしまうのです。

薄暗い倉庫の中で毎日毎日夏の昼間を浪費し、只々暑さのみ感じるなど愚の骨頂ではないですか。

この境遇に甘んじているのは夏に対してもうしわけがないのです。